◆ファンタジー要素の少ない1章半ばまでをショートカットするためのダイジェスト版もございます。
 * 1 章『出会い(1)』 - 『衝突(3)』ダイジェスト/  * 1 章『接近(1)』 - 『陰謀と衝撃(2)』ダイジェスト/

接近(1)

―― 新学期が始まってから三週間が過ぎ、そろそろ夏の暑さにもかげりが見え始めるかという頃、岬たちの通う私立桜ヶ丘高校では、十一月の学園祭に向けての取り組みが始まろうとしていた。
 岬と蒼嗣の間はあれからというもの、一日一度はお互いに何かひとこと文句をつけないといられないような仲になってしまっていた。岬はたまには悪いと思うこともあるのだが、いかんせんなぜだか蒼嗣を見ると憎まれ口が口をついて出てきてしまうのだ。
 また、最初の頃はクラスの女子に熱の入った目で見られ、それを悔しがる(?)男子には白い目で見られ、いろんな意味で浮いた存在だった蒼嗣は、今では、人気こそ落ちてはいないものの、女子も一時の騒ぎようからは落ち着きを見せはじめ、男子からの見方も変化して、一応は普通にクラスに溶け込んでいた。とはいえ、蒼嗣は特に親しくつきあう友人も作らず、どこか、他の人と一線を引いて付き合っているようだった。


「それでは、これからさくら祭実行委員の選出をします。」
実行委員はクラスで二名選出することになっている。この高校では学園祭はほとんど教師の手を借りず、自分たちで企画運営全てを管理するようになっているため、その中心となって動く実行委員は何度も集まりがあったりしてかなり面倒くさく、毎年この委員の選出にはどのクラスも苦労しているのだ。実行委員になる者は、よほど仕切ることが好きなモノ好きか、くじで仕方なく選ばれてしまった者が大半であった。
岬も他の人と同様、自分としてもなるべくなら遠慮したいところだ。
今年もあちこちから「なりたくねぇ?」「なっちゃったらどうしよう・・・・・・」の声が聞こえていた。
今年もいつものようになかなか決まらない大変な選出光景が繰り広げられると誰もが思っていた。

しかし、今回はとんでもない(?)ことが起きたのだ。

「では、・・・・・・いないと思うけど・・・・・・立候補の人・・・・・・?」
この話し合いの議長であるクラス委員の男女二人が教壇に立ち、かったるそうにそう告げる。誰もが"そんなヤツいねーよ"と思ったに違いない。

が。

「ハイッ」
元気な声が教室に響いた。
岬は聞き覚えのある声にぎょっとした。

----圭美だった。
元気に天井に向かって手が伸びている。

クラス委員もものすご??く驚いた顔をしている。
「え?圭美?」
クラスのみんなの視線が圭美の姿、一点に集中する。
そんな雰囲気におかまいなしで、圭美はニコニコしながら答えた。
「そう。私、立候補。」


「ほんとにやってくれんの??」
クラス委員の女の子が疑い深そうに聞いた。というのも、この女の子は圭美と去年も同じ組で、そのときからはきはきとしていてしっかり者の圭美がクラスの大半から推薦されたのだが、圭美は頑としてイヤだと言い張って逃げ切っていたのを覚えていたからだ。

しかし圭美は大きくうなずいた。
「うん。いいよ。でも・・・・・・」
そこで圭美は言葉を切り、意味ありげな笑みを浮かべる。
「でも?」
クラス委員が反復した。
「ひとつだけ、条件があります!」
『条件』と聞いて、みんな何事かと耳を澄ませている。

「もう一人の実行委員は、蒼嗣くんにお願いしたいです!」
圭美は「蒼嗣」のところを強調して言った。

クラス中の女子が、一瞬どよめく。
岬もドキッとした。反射的に蒼嗣の方を見てしまう。
これまでも、何かにつけて蒼嗣は面倒なことに首をつっこみたがらなかった蒼嗣は、案の定、なんともいえない顔をしていた。

「蒼嗣くんがやってくれないのなら、私は降りさせてもらいます」
圭美が言うと、クラスは途端に大騒ぎになってしまった。
男子は、自分に災難が降りかからなかったものだから、なんとか蒼嗣に引き受けてもらおうと考えたらしい。蒼嗣に同情の瞳も向けつつ、その瞳の奥では"かわいそうだが引き受けてくれ"と言っているようだ。
「たのむよ蒼嗣!」
口に出す者もいた。
女子の方はといえば、男子と同じような者もいるにはいるが、それよりも、圭美に対して複雑な気持ちを抱いている者が多いと見えて、圭美をにらみつける者、蒼嗣の方を見つめる者、さまざまであった。
そんな時、
「ぬけがけなんてひどいよ圭美!」
クラスではかなり蒼嗣に熱をあげている上原真沙美が叫んだ。
真沙美はいつもとりまきを数人連れているような女の子特有のボス的存在で、そういう関係が好きではない圭美とは、普段からソリが合わない者同士だった。それだけに、余計に真沙美にはこのことが我慢ならなかったのだろう。
「そうだよ!蒼嗣くんも困ってるじゃん!」
真沙美のとりまきも口を挟む。
真沙美は、ものすごい形相で圭美をにらみつけている。

そんな騒然とした雰囲気の中、岬は蒼嗣のため息を聞いた。
次の瞬間、蒼嗣は椅子に座った姿勢を崩さないまま、騒ぎの中でも良く通る声で言った。
「分かった。・・・・・・・・・・・・実行委員、引き受けてもいい。」
あきらめたような、それでいて苛立っているような、そんな複雑な声だった。
この鶴の(?)一声で圭美と蒼嗣は実行委員に決定してしまった。
複雑な雰囲気を残しながらも。


岬はといえば、その後くじ引きで『トラブル監視委員』という、学園祭でのトラブルを監視するという、実行委員とは別の意味で面倒くさい役割が当たってしまい、いやいやながらもやることになってしまった。
最悪だ。

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